■懐かしの風景■
Page
1 , 2
, 3 , 4
, 5 , 6
, 7

ランナーの聖者
この写真はプラタート・ドイステープへ登る階段の前で写したもの。1934年の撮影。階段の装飾であるナーガ(竜)の頭はひとつしかなく、この後、7つの頭のある新しいものがつくられた。
写真の中央に写っているのが、クルーバーシーウィチャイ僧。この僧は、ランナー地方の多くの寺院や遺跡を修復し、また、ドイステープへ登る道を建設するのを指揮した人物として、今でもでランナーの人々がとても尊敬し、信仰している。道路建設は、彼の呼びかけで多くの信者が集まって工事を手伝い、たった5ヶ月と22日で完成した。建設に際しては、バンコク中央政府からの援助金は一切使われなかったという。しかしこの後、中央僧侶委員会が、クルーバーシーウィチャイはランナーの民衆を指揮して中央に抵抗しているとしてバンコクに彼を呼び寄せ、尋問することになった。結果として彼は罪に問われることはなかったが、彼はこのことをとても残念に思い、次のように言っている。
「ピン河の水が逆流することがないように、私たちも、もうチェンマイに戻ることはないだろう」
この後、クルーバーシーウィチャイは生まれ故郷のランプーンの寺院に戻り、そこで生涯を閉じた。

西暦1801年、カウィラ王の時代に建てられた、二頭のシン(獅子)の像。
戦争の際に、軍隊の幸運と必勝を祈って建てられた。闘いに出る軍隊はこの像の前で鼓舞をふるい、行列をつくって闘いに出て行ったので、「シンハ・チャイモンコン(吉祥の獅子)」という名前がつけられた。この像はその後荒れ果ててしまったが、西暦1977年に修復された。
現在この像は、チェンマイ市内よりメーリム方面へ行き、スーパーハイウェイとの交差点を越し、右側のソイを入ったところにある

ナワラット橋(クア・レック) 1949年
チェンマイ県で初めての橋。ラーマ5世の時代に鉄とアスファルトで建てらていた。....年、この橋は取り壊されて新しく建設され、現在に至る。取り壊された橋の鉄材は、中国人の商人に買い取られたが、.....年、チェンマイ市とチェンマイ市民はこの鉄材を買い戻し、かつてのナワラット橋を記念して、TATの前の河に橋を建てた。残った鉄材で、メーホンソン県のパーイ郡にも橋が建てられたというが、こちらは定かではない。どなたかパーイへ行くことがあったら確かめてくれないだろうか。

ドーイ・クンターンの鉄道トンネル
ドーイ・クンターン(クンターン山)に鉄道を通すためにトンネルを掘っている様子。この山を越えてレールはランプーン、そして終点のチェンマイへと続くことになる。
トンネル工事は1914年に終わる。列車が初めて通ったのは1918年のことである。イギリス人技師がトンネル工事の指導管理を行った。
バンコクから北部地域への鉄道の建設は、プレー県のニアオ族の反乱の後、ラーマ5世の時代に始まった。中央の管理者や商人達の移動がこれで格段に早くなった。
topへ
topへ
Back
to Home , Page 1
, 2 , 3
, 4 , 5
, 6 , 7