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懐かしの風景■

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ダラーラッサミー妃と召使たち

 北タイの伝統衣装をたダラーラッサミー妃と召使たち。
 ダラーラッサミー妃は、チェンマイ第7君主のインタウィチャヤーノンの娘。1873年に生まれ、13歳の時にサヤームのラーマ5世の側室となった。ラーマ5世との間に娘が一人いたが、たった3歳で亡くしてしまった。
 ダラーラッサミー妃が22歳のときに母親が亡くなったので、彼女はチェンマイへ戻る許可を得て、約10ヶ月チェンマイに滞在した。
 1910年の10月にラーマ5世が亡くなった後はチェンマイに戻り、60歳で亡くなるまで過ごした。ランナー文化を愛し、サヤームとランナーの掛け橋となった人生だった。


・撮影年月不明。木の様子から考えてそう遠い昔ではないと思われる。

最後の牛車の行列

 1955年、チェンマイ市は市民に対し、市内地域への牛車の乗り入れを禁止した。牛の糞尿が道路を汚すから、というのが理由だった。この頃、市内地域では自動車がだんだん増えつつあったことも理由であった。これは、牛車の持ち主達にとっては納得のいかない禁止令だった。物を運ぶには牛車が一番有効な手段であり、車は一般庶民にとってはまだまだ高嶺の花だったからだ。そこで市は条件を緩和し、徐々に牛車の乗り入れを禁止していくように切り替えた。
 この写真は1967年に撮影されたもの。写真の左右には車が写っており、車が増えつつある様子が伺える。牛車の必要性も薄れてきつつあったのだろう。この写真の頃を境に、市内では牛車の行列を見ることはなくなった。


 

ワット・チェディルアン

修復する前のワット・チェディルアンの、ウィハーン・ルアン。この後、1929年に修復される。ウィハーンの裏は崩れかけたチェディルアン。現在、このチェディは修復されているが、もし先端が崩れていなければ、ランナー地方で一番高い建物であっただろう。ワット・チェディルアンは、今年で建立600年になる。


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