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ウィアンクムカーム  ( ランナー王国黄金時代への扉 )
チェンセーン チェンセーン芸術発祥の歴史ある町
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ワット・チェディルアンの歴史

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ウィアンクムカーム

ランナー王国黄金時代への扉

(Vol.5 2003年1月号より)


 

 1984年、ワット・チャーンカム(ワット・ガーントーム)内にある学校の敷地から、偶然古いプラクルアン(仏像のお守り)と陶器のかけらが掘り出された。芸術省が調査したところ、1.5メートルほどの地下から寺院の跡地、八角形の仏塔の跡地、そしてたくさんの陶器とプラクルアンが発見された。陶器とプラクルアンはハリブンチャイ様式のものだった。そして更に、3種類の言葉で書かれた石碑も発見された。この発見は、これまでスコータイのラームカムヘーン王がクメール語をもとに考案したとする、タイ語発祥に関する学説を見直させる発見であった。
 芸術省がさらに調査し航空写真を撮った結果、この周辺で21箇所の寺院遺跡がみつかった。現存する寺院はワットチェディリアム、ワットシーブンルアン、ワットチャーンカム(ワットガーントーム)そしてワットサーオヒンの4寺院のみであるから、今のところ、ウィアンクムカムにはかつて、25箇所の寺院があったことになる。航空写真から、これらの遺跡は長さ850メートル、幅600メートルの城壁と堀に囲まれていることがわかった。芸術省は21箇所の遺跡のうち11箇所を修復したが、残りの10箇所はまだ調査中又は発掘途中だ。
 ウィアンクムカームの遺跡には修復の跡などが見られ、チェンマイを建てた後も、メンラーイ王はしばしばウィアンクムカームを訪れていたと思われる。メンラーイ王が亡くなった後もその後の王達はウィアンクムカームを整備し、新しい寺院を建てたりしているようだ。しかしその後、ピン川の流れが変わってしまうほどの大きな洪水が起こり、ウィアンクムカームの町は土砂に埋まってしまい、住む人がいなくなってしまう。
 土砂に埋もれたまま保存された状態だったウィアンクムカームの遺跡は、その当時の様子をよく残しており、私達に当時の文化を伝えてくれる。崩れた煉瓦を眺めていると、かつてこのあたりにあった風景が見えてくるような気がしないだろうか。遺跡を巡ることは賑やかな都会で遊ぶよりワクワクすることもある。簡単な知識と大きな空想力を持って、さぁウィアンクムカームへ行ってみよう。

ウィアンクムカームへの行き方
ランプーン行きのソンテウ、又はバスに乗り、ノンホイの立体交差点を過ぎて約1キロ右手に仏塔が見えたら下車。ランプーン行きのソンテウ、バスは、チャンプアックバスターミナル、ワローロット市場、TAT前などから乗ることができます。遺跡を見て回るのには自転車がお勧め。でも、ウィアンクムカーム内にはレンタルサイクルなどはないので、思い切ってチェンマイ市内から自転車で行ってしまうのも手。半日くらいのちょうどよいサイクリングになります。


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◎ワット・プーピアの仏塔。ランナー王国最盛期の 頃の様式で建てられている。

◎ワット・イーガーン。15世紀頃にチェンセーン様式で建てられた。この頃、チェンマイの寺院 の多くはこの様式で建てられたいた。

◎発掘途中の遺跡。まだ土に埋まっている部分もある。深さは約1. 5メートル。地面には地元の人のラムヤイの木が植わっている。

◎ワット・チェディリアムのチェディ。メンラーイ王がハリブンチャイの人に建てさたので、 ランプーンのワット・ジャマテウィーのチェディと同じ様式になっている。ビルマ人によっ て修復されたこともあるので、ビルマ風の様式も見られる。