サオ・インタキン
町を守ってくれる守護神ともいえる柱。大きなヤーンの木とヤック(鬼)に守られて立っている。毎年、5月から6月の一週間、このサオ・インタキンを崇拝するお祭りが行われ、多くのチェンマイ市民が訪れる。このお祭りの期間は、普段は閉じられている堂の入り口が開けられるが、残念ながら女性はこの時も入ることはできない。
柱は、上には仏像が納められているが、大切な柱はこの下の、高さ1.35m、周り5.67mの部分。上の仏像は後に寄贈されたものである。なお、今年のインタキン祭りは、5月15日から21日まで。
このサオ・インタキンには伝説がある。
チェンマイの町ができる以前、この辺りの土地はラワ族という先住民が町を築いていた。いくつかの町があったが、一番大きな町、ウィアンノッブリーを築くときに、仙人がインドラという神に相談し、町の守護神となる柱をもらった。インドラ神はこの町に、町の者全員がこの柱を崇拝し、世話をしたら何人も町には攻めてくることができない、という力を持つ柱を与えることに決め、二頭のヤック(鬼)に柱を運ばせた。インドラ神にちなんで、この柱はインタキンと呼ばれるようになり、人々はこの柱を崇拝した。
後に、メンライ王がこの地にやって来て、チェンマイの町をつくったとき、ラワ族の教えに従ってこの柱を引き継いだ。しかし、新しい町の人々は徐々にインタキンを崇拝ることを怠りはじめたので、ヤックはインタキンをインドラ神のもとに持って帰ってしまった。チェンマイができてからもインタキンの世話を行っていた、ラワ族の青年がこのことを知り、嘆き悲しみ恐れ、ついにはインタキンのあった場所に座り込んで祈りをはじめた。これを見たある仙人が、インドラ神に柱を町に返して欲しいと頼んだ。インドラ神は熱心さに負けて柱を返すことにしたが、ヤックは町におりることを拒んだので、仕方なく、町の者にインタキンと同じものを自分たちでつくるようにと仙人に伝えた。その際に、柱の門番であるヤックの像もつくるよう言い、今度こそ柱への崇拝を忘れないようにと言い含めた。仙人は町の者たちにこの言葉を伝え、言われたように柱とヤックの像をつくり、納めた。その後から現在にいたるまで、人々は崇拝を怠らず柱を祭っているのである。
サオ・インタキンは、もともとは別の場所にあったが、1800年に、カヴィラ王がワット・チェディルアンの敷地内に移し、同時にヤックの像、ヤーンの木も植えた。 |