クンユアム郡の警察署長として赴任したのが1995年、博物館を設立したのが1996年だということですが、その経緯を教えていただけますか?
− 私が赴任のあいさつに各家を訪れると、どの家にもタイのものではない水筒や飯盒などがあったのです。聞いてみると、それは昔クンユアムに来ていた日本兵の置いていったものだというのです。私はタイにおける日本軍のことについてはほとんど知りませんでしたが、その物の価値はよくわかりました。人々のなかには、価値もわからずに古物商にこれらのものを売り払う人もいました。このままではいけないと思い、それらの収集を始めたのです。物の価値はわかっても、日本軍が本当にここにいたのかについては、実は半信半疑だったのですよ。でも、クンユアムのワット・ムアイトーに慰霊に来られた日本人男性に会って、本当に来ていたのだなと確信し、調査や勉強を始めたのです。1996年になって、クンユアム郡長と相談して、収集したものを展示する場として博物館を建てました。でも、当初は展示できるものはほとんどありませんでした。
調査はどのように行ったのですか。
− まず、近隣の人に呼びかけて日本兵に関する品物の提供をお願いしました。無料で提供してくれた人もいましたし、私が買い取ったものもありました。そんな人たちから、森の中にはいろんなものが当時のままに残されてると聞かされ、山の中にも行きました。確かに、橋や壕、道標が残されていました。ミャンマーとの国境付近にはトラックが残されていたので、ミャンマー兵の力も借りてクンユアムまで持ってきたりもしましたよ。ミャンマー側には、まだまだたくさんのものが残されているのではないか、と思っています。もったいないですね。行って調べてみたい。
また、当時のことを覚えている人たちから聞き取り調査も行いました。なかには、日本人と結婚して子供をもうけた女性もいましたし(この方はクンユアムにて健在です)、日本人でありながら亡くなるまで身元を隠し続けた人もいました。彼が亡くなったときは、タイの新聞もたくさん取材に来ましたよ。
そして、博物館完成が2000年なのですね。
− その年に私が移動になったので、ひとまずこれで区切ろうと思っただけです。定年退職した現在も、まだまだ調査を続けていますよ。先日も、メーソットに住んでいる、元日本兵の方に会ってきたばかりです。博物館の展示も、説明文が日本語のみだったりタイ語のみだったりして、十分ではありません。現在管理をお願いしているジョリヤさんへのお給料も十分ではありませんし。多くの元日本兵や有志の方が博物館を助けてくれましたが、やはり博物館の維持発展は容易ではありません。個人の力だけではなく、基金を設立するなどして、発展させていかないといけないでしょうね。
日本の人たちに言いたいことはありますか?
− 私は、クンユアムに日本軍が来ていたという事実を証明したくてこの調査を始めました。しかし、名前が記された品物を見たり、遺骨が掘り出されるのを見たりしているうちに、日本の遺族の代理としてこの作業をしているという気分になってきました。ぜひ多くの日本人にこの博物館を見ていただきたい。日本軍は、アジアの国々で残虐な行為をしてきたことが強調されています。それは、恐らく事実でしょうが、少なくともここではそんなことはなかった。クンユアムの人たちは日本の兵隊さんが好きでした。そのことを今の日本の人たちに知って欲しいと思っています。
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クンユアム戦争記念博物館
8:30〜16:30(12:00〜13:00休み)
毎日
Tel:053-622165
入場料 10バーツ
管理人 ジョリヤ・ウパラ
ジョリヤさんは戦争当時10歳だったということで、当時のことをよく覚えていらっしゃいます。日本兵は象の扱いが上手であった、などという当時のお話を聞くのもとても興味深いものです。
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■メーサムレープ
■パーイ
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